ラストの衝撃だけでなく物語そのものが面白い名作
どんでん返し小説は、ミステリーやサスペンスの中でも非常に人気の高いジャンルです。
小説の帯に、ラストで世界がひっくり返るような文言や、読者を騙すことを前面に出したコピーが書かれていると、つい手に取りたくなる魅力があります。
ただ、どんでん返し小説の中には、ラストの仕掛けそのものは面白くても、物語全体として見ると「そのギミックをやりたかっただけなのでは」と感じてしまう作品もあります。
そこで今回は、仮にどんでん返しがなかったとしても、物語として十分に楽しめる小説を基準に選びました。
もともと100点満点の小説を、どんでん返しによって120点に引き上げてくれるような作品です。
どんでん返し小説の入門としても、名作を改めて振り返る意味でも楽しめる5冊を紹介します。
1.『十角館の殺人』綾辻行人
まず紹介するのは、綾辻行人さんの『十角館の殺人』です。
どんでん返し小説としてはあまりにも有名な作品ですが、やはりこのテーマで外すことはできません。
本記事で紹介する作品は、どれもどんでん返し界では有名な作品ばかりです。その中でも『十角館の殺人』は、まさに王道中の王道といえる一冊です。
あらすじ
物語は、孤島と本土の場面が交互に切り替わりながら進んでいきます。
舞台となるのは、外部との行き来が制限された孤島です。いわゆるクローズドサークルの設定になっています。
クローズドサークルとは、登場人物たちが外界から閉ざされた空間に閉じ込められ、その中で事件が起こるミステリーの定番設定です。
孤島、雪山の山荘、密閉された館などが代表的な舞台です。
外部から犯人が入ってくることも、登場人物が簡単に逃げ出すこともできないため、必然的に犯人はこの中にいるという緊張感が生まれます。
ミステリー好きにとっては、このシチュエーションだけで期待が高まる設定です。
『十角館の殺人』では、島で起こる連続殺人と、本土側で進む調査が交互に描かれていきます。
どんでん返しの魅力
『十角館の殺人』には、日本ミステリー史に残る伝説的な一文があります。
その一文を読んだ瞬間、物語の見え方が一気に変わります。
一文で全てがひっくり返る、という表現がまさにふさわしい作品です。
この作品は、ひとつひとつの殺人で派手なトリックが仕掛けられているタイプではありません。読んでいる間は、純粋に犯人は誰なのかという部分を楽しみながら進んでいく構成です。
しかし、最後に待ち受けている仕掛けは圧巻です。
しかも、そのトリックと犯人の正体が、ある一文によって一気に示されます。
ミステリーとしての完成度はもちろん、どんでん返し小説としても非常に美しい作品です。
読むときのポイント
『十角館の殺人』を読む際は、島の場面だけでなく、本土側の場面もしっかり読むことが大切です。
島での殺人事件が面白いため、どうしてもそちらに意識が向きやすいですが、本土側の描写にも重要な要素が含まれています。
ミステリー小説を普段から読んでいる場合は、すでに通っている作品かもしれません。
一方で、ミステリー小説がどういうものなのか知りたい場合には、非常におすすめしやすい一冊です。
王道の設定、緊張感のある展開、そして伝説的などんでん返し。
ミステリー入門としても、どんでん返し入門としても代表的な作品です。
また、再読すると細かな発見がある作品でもあります。登場人物のひとりである「島田潔」という名前も、ミステリー好きには印象に残る要素です。
2.『イニシエーション・ラブ』乾くるみ
2作目は、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』です。
乾くるみさんは、どんでん返しの名手として知られる作家です。なお、名前の印象から女性作家と思われることもありますが、作者は男性です。
『イニシエーション・ラブ』は、どんでん返し小説として非常に有名な作品でありながら、恋愛小説としても楽しめる一冊です。
あらすじ
物語は、合コンで出会った若い男女の恋愛模様を描いていきます。
舞台は1980年代から1990年代ごろです。携帯電話が今ほど普及していなかった時代であり、登場する言葉遣いや文化にも少し懐かしさがあります。
昭和レトロな雰囲気の中で、甘酸っぱい恋愛が描かれていく作品です。
現在の恋愛小説とは違った時代背景があり、その古さが逆に新鮮に感じられます。
この作品は、必ず2回読みたくなるという売り文句でも有名です。
どんでん返しの魅力
『イニシエーション・ラブ』は、公式の紹介文でも触れられている通り、ラスト2行で全てがひっくり返る作品です。
恋愛小説でどのようにどんでん返しを成立させるのか、という点が本作最大の魅力です。
読み終わった瞬間、小説という形式でこんなことができるのかと驚かされます。
それまで読んできた甘酸っぱい恋愛の物語が、ラストによってまったく違う意味を持ち始めます。
この作品は、どんでん返しというものの面白さを体感するうえで、非常に分かりやすい一冊です。
2つの楽しみ方
『イニシエーション・ラブ』には、大きく分けて2つの読み方があります。
ひとつは、普通の恋愛小説として読む方法です。
恋愛小説が好きな場合は、まずは素直に恋愛物語として楽しめます。バブル期の雰囲気や、当時の価値観、若い男女の距離感などが物語のアクセントになっています。
もうひとつは、どんでん返し小説として伏線を探しながら読む方法です。
この作品には、読み返すと驚くほど多くの伏線が散りばめられています。
初読では何気なく通り過ぎていた描写が、再読するとまったく違う意味を持ちます。
なぜ気づけなかったのかと悔しくなるほど、伏線の配置が巧妙です。
どんでん返し入門に向いた一冊
本記事で紹介する5冊の中では、最も読みやすい作品です。
ページ数も比較的少なく、文章も読みやすいため、どんでん返し小説の入門として非常に向いています。
恋愛小説としても楽しめて、最後にはミステリー的な驚きも味わえる。
『イニシエーション・ラブ』は、ジャンルの枠をうまく利用した名作です。
3.『殺戮にいたる病』我孫子武丸
3作目は、我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』です。
本作は、どんでん返し小説として高く評価されている一方で、かなり人を選ぶ作品でもあります。
猟奇的な描写や性的な表現が非常に生々しく描かれているため、エログロ要素への耐性がある人向けの作品です。
あらすじ
物語の中心にいるのは、東京の繁華街で次々と猟奇殺人を繰り返すシリアルキラーです。
その人物の名前は、蒲生稔。
物語は、殺人鬼である蒲生の視点、蒲生に疑いを持つ家族の視点、蒲生を追う警察の視点など、複数の視点を切り替えながら進んでいきます。
群像劇のような構成でありながら、中心にあるのは猟奇殺人鬼の異常な行動です。
ジャンルとしては、ミステリーでありながら、ホラー小説としての色も非常に強い作品です。
どんでん返しの魅力
この作品は、あらすじの段階で犯人の名前が明かされています。
さらに、蒲生稔が警察に逮捕される場面から物語が始まります。
普通に考えると、犯人が最初から分かっているのであれば、どこにどんでん返しがあるのかと思ってしまいます。
しかし、『殺戮にいたる病』は、そこから見事にひっくり返してきます。
犯人が誰か分かっているように見える状況から、最後にまったく別の衝撃を与えてくる作品です。
伏線の巧妙さは圧倒的
本作の大きな魅力は、伏線の忍ばせ方の巧妙さです。
今回紹介する5冊の中でも、伏線のフェアさと完成度はトップクラスです。
読み返したときに、なぜ初読で気づけなかったのかと強く感じるタイプの作品です。
伏線はきちんと読者に示されています。
しかし、初読ではその意味に気づけないように、非常に巧みに配置されています。
『イニシエーション・ラブ』以上に、再読時の衝撃が大きい作品かもしれません。
人を選ぶが、読む価値のある作品
物語の多くは猟奇殺人鬼の視点で描かれます。
そのため、残忍な犯行描写がかなり多く、正直なところ読んでいて気持ちの良い作品ではありません。
ただし、ミステリーとしての仕掛けは非常に優れています。
エログロ表現に抵抗が少ない場合や、むしろそうしたジャンルが好きな場合には、強く刺さる作品です。
どんでん返しの完成度、伏線の巧妙さ、読後の衝撃を求めるなら外せない一冊です。
4.『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼
4作目は、相沢沙呼さんの『medium 霊媒探偵城塚翡翠』です。
本作は、2020年版の「このミステリーがすごい!」で大きな注目を集めた作品です。
帯に「すべてが伏線」といった趣旨の言葉が書かれていることでも知られています。
その言葉にふさわしく、全体を読み終えたときの衝撃が非常に大きい一冊です。
あらすじ
『medium』はミステリー小説ですが、設定に大きな特徴があります。
それは、探偵役が霊媒師であるという点です。
探偵役となるのは、表紙にも描かれている城塚翡翠という女性です。
翡翠には、被害者が最後に見た景色や、最後に聞いた言葉を知ることができる能力があります。
一見すると、その能力があれば事件は簡単に解決しそうです。
しかし、そうはいきません。
なぜなら、翡翠の言葉には証拠能力がないからです。
いくら犯人の名前が分かったとしても、それだけでは誰も納得しません。警察や裁判で通用する証拠にはならないのです。
そこで登場するのが、もうひとりの探偵役である推理作家の香月です。
香月は翡翠の言葉を信じており、頭も切れます。
翡翠の霊媒による情報をヒントにして、論理的に犯人を導き出していきます。
この探偵コンビがさまざまな事件を解決していく、連作ミステリーの形を取った作品です。
設定そのものが面白い
『medium』は、どんでん返し以前に、まず設定が非常に魅力的です。
霊媒によって犯人に近づくことはできる。
しかし、それだけでは事件を解決できない。
この制約があるため、オカルト的な要素と本格ミステリーの論理がうまく結びついています。
物語の中には、早い段階で翡翠が犯人の名前に近い情報をつかむ事件もあります。
しかし、当然それだけで終わるわけではありません。
そこから、どうやって証拠を組み立て、論理的に犯人へたどり着くのか。
この流れが非常に面白い作品です。
仮にどんでん返しがなかったとしても、心から面白いと言える小説です。
短編ひとつひとつのクオリティも高く、連作ミステリーとしての満足度もあります。
どんでん返しの魅力
『medium』は短編集のような構成ですが、物語全体を通してひとつの大きな事件が進行しています。
そして最終章で、その大きな事件と向き合うことになります。
この最終章が、まさに丸ごとどんでん返しのような展開です。
それまで読んできた事件や人物の見え方が、一気に変わります。
読んでいる途中で、オチが分かったような気がする瞬間があるかもしれません。
しかし、この作品の衝撃はその先にあります。
予想を超えたひっくり返し方をしてくるため、最後まで読むことで本当の凄さが分かる作品です。
初心者にも読みやすいミステリー
『medium』は、小説初心者にも比較的おすすめしやすい作品です。
連作短編の形式なので、区切りをつけながら読みやすい構成になっています。
また、探偵役である城塚翡翠のキャラクターも魅力的です。
キャラクター小説としての楽しさと、本格ミステリーとしての完成度が両立しています。
設定の面白さ、キャラクターの魅力、どんでん返しの衝撃がそろった現代ミステリーの人気作です。
5.『方舟』夕木春央
5作目は、夕木春央さんの『方舟』です。
本作は、読後の余韻が非常に強く残る作品です。
読み終えた後もしばらく頭から離れない、重く湿った読後感があります。
クローズドサークルミステリーとしても、どんでん返し小説としても非常に完成度の高い一冊です。
あらすじ
大学時代に同じサークルで仲の良かった6人が、山奥にある謎の地下建築物を見に行きます。
しかし道中で迷ってしまい、到着は夜になってしまいます。
さらに、その地下建築物の周辺で3人家族と出会います。
夜も遅く、地下施設には水や食料、ベッドもあったため、合計9人がそこで一晩を過ごし、翌朝に帰ることになります。
ところが、夜中に地震が発生します。
その影響で入り口が岩に塞がれてしまい、さらに地下施設には水が流れ込んできます。
このままでは、約1週間で建物全体が水没してしまいます。
岩をどかす方法は、ひとつだけあります。
地下2階にある装置を誰かが起動すれば、入り口を塞いでいる岩を下に落とすことができます。
しかし、その装置を起動した人物は、逆に地下2階に閉じ込められてしまい、脱出できなくなります。
つまり、9人の中から誰かひとりが生贄にならなければならないという状況です。
この時点で、すでに先が気になる設定です。
しかし、さらにその中で殺人事件が起こります。
こんな緊急事態で、なぜ人を殺すのか。
残された人々の間には、ひとつの共通認識が生まれます。
犯人こそが、生贄になるべきだ。
水没までのタイムリミットは1週間。
果たして犯人を見つけ出すことはできるのか、という物語です。
フーダニットとホワイダニットが強烈
『方舟』の凄さは、フーダニットとホワイダニットの両方を徹底的に煮詰めている点にあります。
フーダニットとは、「誰が犯人なのか」を問うミステリーです。
ホワイダニットとは、「なぜ犯行に及んだのか」を問うミステリーです。
ちなみに、ハウダニットは「どのように犯行を行ったのか」を問うものです。
『十角館の殺人』は、フーダニットの代表的な作品といえます。
多くのミステリーでは、フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットのどれかに重点が置かれます。
しかし『方舟』は、誰が犯人なのかとなぜこの状況で殺したのかの両方がとにかく強い作品です。
犯人探しの切実さ
『方舟』の状況では、犯人を見つけることが生死に直結します。
通常のミステリーであれば、証拠や動機を積み重ねて犯人を導き出します。
しかし、この作品では状況があまりにも極限です。
登場人物たちにとっては、証拠の美しさや推理の完成度よりも、犯人以外の全員が納得できる理屈があるかどうかが重要になります。
消去法でも構いません。
とにかく犯人が誰か分かればいい。
命がかかっているからこそ、登場人物たちはとんでもなく真剣に犯人探しをします。
その切実さに強く引き込まれます。
なぜこのタイミングで殺したのか
『方舟』でもうひとつ気になるのは、なぜこの状況で殺人が起きたのかという点です。
もし殺人が起きなければ、9人の中から誰かひとりを生贄として選ぶことになります。
その場合、単純に考えれば自分が生贄になる確率は9分の1です。
ところが、1人が殺されたことで人数は減り、残された人たちの生贄になる確率は上がります。
さらに、犯人だと判明すれば、ほぼ確実に生贄にされる可能性が高い状況です。
どれほど憎い相手がいたとしても、このタイミングで殺すのはあまりにも不合理です。
だからこそ、なぜ今、殺人を起こしたのかという疑問が強烈に残ります。
このホワイダニットの引っ張り方が非常に上手い作品です。
どんでん返しの魅力
物語が進むにつれて、当然ながら犯人は明らかになります。
同時に、その動機も語られます。
ただ、その時点では少し拍子抜けするように感じる部分があるかもしれません。
しかし『方舟』の本当の衝撃は、その先にあります。
最後に待ち受けるどんでん返しによって、それまで少し釈然としなかった動機の部分まで、一気に意味を持ち始めます。
このひっくり返し方が本当に強烈です。
クローズドサークルミステリーとしての完成度も高く、最後の衝撃によって読後感がさらに重くなります。
終始、地下に閉じ込められた状態で物語が進むため、読んでいる間は強い閉塞感があります。
しかし、その閉塞感こそが緊張感を生み出し、作品全体の魅力になっています。
『方舟』は、設定・推理・動機・どんでん返しの全てが高水準でまとまった傑作ミステリーです。
まとめ:どんでん返しに頼らなくても面白い5冊
今回は、どんでん返し小説を5冊紹介しました。
紹介した作品は以下の通りです。
『十角館の殺人』綾辻行人
『イニシエーション・ラブ』乾くるみ
『殺戮にいたる病』我孫子武丸
『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼
『方舟』夕木春央
どんでん返し小説の魅力は、最後の衝撃にあります。
しかし、本当に面白いどんでん返し小説は、ラストにたどり着くまでの物語も十分に面白いものです。
今回紹介した5冊は、どれもどんでん返しに辿り着くまでの過程がしっかり面白い作品です。
そして最後の仕掛けによって、物語全体の評価がさらに高まります。
ラストの驚きだけでなく、設定、人物、構成、伏線、読後感まで楽しめる名作ばかりです。


コメント